東京高等裁判所第一回口頭弁論参加記
2016年1月20日、東京地方裁判所は原告の吉見氏に対して不当な判決を言い渡しました。原判決(地裁判決)は、本訴訟で問題となっている2013年5月の外国特派員協会における桜内氏の発言(以下、桜内発言)中の「捏造」という言葉について、「誤り」あるい「不適当」ないし「論理の飛躍」という意味に理解できるとした上で、桜内氏は免責したのです。これを受けて、1月28日に吉見弁護団は東京高等裁判所に対して原判決は全部不服であるとして控訴しました。そして、5月31日15時より、東京高等裁判所101号法廷において、高裁第1回口頭弁論が開かれました。
控訴人(吉見氏)側陳述
口頭弁論の前半では、控訴人(吉見氏)側が15分の陳述をおこないました。
最初に、控訴人代理人大森典子弁護団長が法廷に立ち、原判決を全面的に批判しました。まず、大森弁護士は、①一般の人は、「捏造」という言葉を「誤り」「不適当」などと、辞書にも書いていない意味で理解することはありえない、②被控訴人(桜内氏)側も地裁の段階で、「捏造」という言葉について「虚構の事実を捏造し」などと本来の意味で使用しており、控訴人・被控訴人の間には「捏造」の意味をめぐって争いがなかったことを指摘しました。そして、①②にもかかわらず、原判決が吉見氏の請求を棄却したのは、結論ありきで事実認定をおこなったと考えざるを得ないと述べました。その上で、学者がその研究成果を「捏造」といわれることは、学者生命を奪いかねない、究極の誹謗中傷であることをあらためて確認しました。(なお、この点に関連して、控訴人側は、4月18日に、歴史学者で東京大学名誉教授の木畑洋一氏による「意見書」を東京高裁に提出しています。この「意見書」は歴史研究者の立場から、「捏造」ということが持つ重大性を説得的に論じています。)
さらに、大森弁護士は、原判決が地裁での原告・被告双方の弁論の内容を踏まえない、いわば「不意打ち」ともいうべきものだったという点を指摘し、控訴人側に十分な主張・立証の機会を保障することを求めました。
そして、大森弁護士は、本訴訟が当初から国際的にも大きな関心を呼んでいる中で、非論理的な原判決が日本の司法への信頼を揺るがしたことを指摘して、陳述を終えました。
次に、控訴人である吉見氏が陳述をおこないました。まず、吉見氏は、裁判官が非論理的な判決を平然と書くことに、驚きを禁じえなかったと率直に語りました。その上で、以下のように原判決の不当性を批判しました。まず、研究世界での科学者の研究倫理規定において、「捏造」は許すべからざる不正行為と明記されていること、そして、「捏造」は「存在しないデータ、研究結果等を作成すること」と明確に定義されていることを紹介しました。さらには、地裁第7回口頭弁論(2015年4月20日)において、当の桜内氏が、吉見氏は捏造していないと認めていた事実を指摘しました。また、「慰安婦」は「性奴隷」であるということについて、地裁で吉見氏側は文書・記録・証言を根拠に事実を明らかにしてきましたが、桜内氏側はその論証を崩すことはできなかったと指摘しました。続いて、吉見氏は、桜内発言と原判決によって、大きな被害を受けていることを紹介し、原判決が安易に桜内氏を免責したために、名誉がますます毀損されていることを指摘しました。また、原判決を受けた後に、桜内氏がツイッターで「もう『慰安婦=性奴隷』とは言わせない」などと述べていることを取り上げました。
被控訴人(桜内氏)側陳述
次に、被控訴人の陳述が15分間おこなわれました。
法廷に立った桜内氏は、原判決を「公正公平」なものとして評価しました。そして、桜内氏は、吉見氏の訴訟は、吉見氏自らに批判的な言説を封じ込めようとする「SLAPP訴訟」であり、この訴訟の目的が「慰安婦=性奴隷」という「自らの政治的主張」を裁判所に認めさせる「政治的意図」からなされたものであると、非難しました。これは、自らの名誉毀損発言の重大性を全くといっていいほど理解していない、極めて不当な発言です。
さらに、桜内氏は奇妙な議論を展開します。それは、吉見氏が第一回口頭弁論の前に高裁に対して提出した「陳述書」(2016年4月20日)をめぐっておこなわれました。この「陳述書」の中で、吉見氏は、「原判決」が同氏の著作を正確に引用せずに判決を下したことを批判して、「原判決は,「原告が著書に『従軍慰安婦は性奴隷ないし性奴隷制である』と記述しているという事実」と繰り返し述べていますが,そのような事実はありません」と述べています。ここで吉見氏が問題としているのは、誤解のないようにもう一度述べますが、引用の不正確さです。吉見氏の著書(『従軍慰安婦』岩波新書、1995年)には、たとえば、「『従軍慰安婦』とは日本軍の管理下におかれ,無権利状態のまま一定の期間拘束され,将兵の性交の相手をさせられた女性たちのことであり,『軍用性奴隷』とでもいうしかない境遇に追い込まれた人たちである」との記述はありますが、「従軍慰安婦は性奴隷ないし性奴隷制である」との記述は存在しないのです。そのことを、吉見氏は「陳述書」の中で指摘したわけです。
ところが、桜内氏は、「陳述書」のこの記述を誤って解釈しています。桜内氏は、この記述を、吉見氏が「慰安婦」は「性奴隷」ないし「性奴隷制」であるとの議論をしたことはない、という意味だと解釈します。そして、これは、吉見氏がこれまでに発言してきたこと(たとえば、地裁での原告本人尋問で吉見氏が「私の岩波新書『従軍慰安婦』の中心的な命題の一つは、慰安婦は軍用性奴隷であるということです」と述べたことなど)と「正反対」であるとします。したがって、桜内氏の立場では、「陳述書」の当該部分は、「嘘」ないし「偽り」だということになるわけです。そうした議論をした上で、桜内氏は、控訴人陳述書は信頼性を自ら失わしめていると断言しました。言うまでもなく、これは桜内氏の初歩的な誤読であり、全くの論外です。
なお、口頭弁論の前日である2016年5月30日、日本歴史学協会、歴史学研究会、歴史科学協議会、日本史研究会、東京歴史科学研究会等の歴史学関係15団体が、「日本軍「慰安婦」問題をめぐる最近の動きに対する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」を発表しました。この声明では、吉見裁判の原判決を「不当な判決」と批判しています。この声明は、控訴人側を歴史学関係者たちが全面的に支持したものといえます。控訴人側は重要な証拠としてこの声明を高裁に提出しました。ところが、この声明に対して桜内氏は法廷において、「特定のイデオロギーに基づく政党の影響下にある団体が名を連ねている」として、「政治的主張が色濃く反映されたもの」と述べました。歴史学関係15団体はいずれも日本の歴史学を代表する団体で、桜内氏の主張は根拠のない誹謗中傷です。
被控訴人代理人である荒木田修弁護士も法廷に立ちました。まず、荒木田弁護士は、問題とされている桜内発言は、吉見氏の著作を「捏造」と述べたわけではなく、「慰安婦は性奴隷であるという命題はすでに捏造である」という趣旨だったと解釈できるのであるから、控訴人の名誉を毀損するものでは全くないと主張しました。
そして、桜内氏に続き、荒木田弁護士もまた、大変奇妙な主張をおこないました。控訴人側は「捏造」という行為の重大性を裁判所に理解してもらうために、証拠として研究上の不正行為などを定めた「東京大学の科学研究における行動規範」を提出していましたが、これについて荒木田弁護士は、「規範」は自然科学の分野に妥当するもので、人文・社会科学分野には必ずしも該当しない、と主張したのです。東京大学をはじめとして各大学で制定されている「規範」は、当然のことながら、人文・社会科学分野をも対象にしたものです。荒木田弁護士の陳述は事実誤認であり、調査不足を露呈したものといえます。
そして、荒木田氏は、「常識に還れ」(福田恒存の言葉を借りたとのことです)と言い放ち、陳述を終えました。
以上から、被控訴人側の主張は、論理の破綻を来しているといえますが、それ以前に初歩的な誤読をしていることや、調査不足が深刻であることが露呈しました。
次回期日の決定と報告集会
両者の陳述終わったところで、裁判所側は今後の進行について協議しました。裁判所側は、主張を尽くすために口頭弁論の開催が必要であるとの控訴人側の意見を容れ、9月6日(火)に第二回口頭弁論を開くことを決定しました。
口頭弁論終了後、控訴人側はただちに衆議院第一議員会館に移動して、報告集会を開催しました。報告集会では、口頭弁論の内容が報告されるとともに、高裁での勝利に向けて引き続き取り組んでいくことが確認されました。
(一事務局員)
(一事務局員)