吉見裁判第5回口頭弁論&報告集会 参加記
1.第5回口頭弁論
2014年9月8日(月)午後3時より、吉見裁判第5回口頭弁論が、東京地裁103号大法廷で開かれました。約100席分の傍聴券を求めて、地裁前に約200人が並びました。
今回の口頭弁論では、被告(桜内)側が第三準備書面の要旨を述べ、それに対して原告(吉見)側が第五準備書面の要旨を述べました。
<被告側の主張>
これまで被告側は「これは捏造」の「これ」は吉見氏の本を指すのではなく「慰安婦性奴隷説」のことであり、名誉毀損は成立しないと主張してきました。今回もこの主張をくり返しました。
ただし、今回は加えて、被告側は①「慰安婦は『性奴隷』ではないことの証明」(「真実性の抗弁」と呼ぶそうです)をするとともに、②「少なくとも、そう信じることにつき相当の理由があることを主張・立証」(「相当性の抗弁」)する、としました。
まず、①被告側は、「慰安婦性奴隷説は捏造であ」り、「仮に、被告の本件発言が、被告の意図はどうあれ、客観的には原告の著書に言及したものと解されたとしても、原告の著書の中で、慰安婦は性奴隷であると断定している部分は捏造である」と述べました。そして、原告は「慰安婦」が国際法上の「奴隷」または「性奴隷」の定義・要件に該当しないことを熟知しながら、かつ、原告が自ら主張する「性奴隷制」の「4つの要件」(「拒否する自由」・「外出の自由」・「廃業の自由」・「居住の自由」がないこと)にすら該当しないことを知りながら、自らの「政治的主張」を潜り込ませることにより書いたのであるから、捏造されたものであると主張しました。「4つの要件」をめぐって被告側は、「拒否する自由」・「外出の自由」・「廃業の自由」が「慰安婦」には認められていたと主張しました(「居住の自由」については後述)。次に②「相当性の抗弁」についてですが、①で主張したことを踏まえれば、被告が「慰安婦」を性奴隷でないと信ずるのは「相当の理由」があるとしました。
さて、ここまでが、第三準備書面を読み上げる形での主張でしたが、被告側は口頭弁論直前に追加の証拠(朝日新聞8月5日付の「慰安婦」問題の検証記事等)を提出していました。この「証拠」に基づき、被告側は、「慰安婦」問題は、日本の官憲による強制連行が行われたことが前提であり、朝日新聞の検証記事でそれは崩れた、したがって、「慰安婦」問題の根本、原告の根拠は揺らいでいるのだ、と主張しました。
<原告側の反論>
原告代理人の大森典子弁護士は以下のように反論しました。
まず、今回問題となった被告発言は、一般の聴取者は「吉見義明氏の慰安婦問題に関する本は吉見氏がねつ造して書いたものである」と理解することになるのだから、「慰安婦」問題に関する本の中で原告が事実でない事を事実のようにだまして書いたという事実を、被告側は主張・立証しなければならない、と確認しました。
次に、「慰安婦」の実情が「国際法上の定義」に該当しないとの被告側の主張に対しては、次回口頭弁論で反論することとし、今回は主に「慰安婦」の実情が「4つの要件」(前述)に該当することを原告が確信していたことを明らかにするとしました。そして、徴募形態(略取・誘拐・人身売買)、「慰安所」における「慰安婦」の状態について、様々な史料をあげて論じ、「慰安婦」が「4つの要件」に該当し、性奴隷としかいいようのないことを示しました(なお、女性たちがどのような形態で徴募されたか(=強制連行の有無)が、性奴隷か否かを論じる際には、第一義的な問題ではないことも、原告側は確認しました)。さらに、日本国内の公娼制度が人身売買と自由拘束を内容とする事実上の奴隷制度であるとの公論が、1920年代までに広まっていたことをあげ、それならば「慰安婦」制度は、略取・誘拐・人身売買と、公娼制度以上の自由拘束を内容とする奴隷制または性奴隷制というほかない、と論じました。
さて、上の「4つの要件」をめぐる被告側の主張に対する原告側の全面的な批判について、紙幅の都合上すべてを取り上げることはできませんので、ここでは「居住の自由」をめぐる議論のみを紹介します。被告側は、「慰安婦」に「居住の自由」があったとは主張ができなかったようで、「現代のサラリーマンと同様、会社等からの業務命令によって居住の自由が一定程度制約されるのは労働契約上当然」として、「慰安婦」に「居住の自由」がなくても問題がないとの認識を示していました。これについて原告側は、被告は「居住の自由」が何かを理解できていないと批判しました。すなわち、「慰安婦」は軍が設置した「慰安所」の特定の一室で過ごさなければならず、「居住の自由」がなかったのに対して、「現代のサラリーマン」は勤務先に通勤可能な場所であればどこにでも住む自由があり(転勤命令があったとしても同様)、両者が全く異なることは明確であると述べました。
以上をふまえ、大森弁護士は、吉見氏は適切な手続き・論証を経て、合理的な根拠に基づき確信をもって「慰安婦」は軍性奴隷だと論じていたと結論づけました。また、「原告の著書の中で、慰安婦は性奴隷であると断定している部分は捏造である」と述べていることについて、被告側は「捏造」の根拠を全く示すことができていない、と批判しました。
最後に、「相当性の抗弁」(②)をめぐって、被告側は被告が「慰安婦=性奴隷説」を捏造であると信ずることに相当の理由があると主張しているが、被告側が論ずるべきは、原告が「慰安婦」が「性奴隷」でないことを知りながら、だまして書いたと信じるについて相当の理由があったかどうかである、としました。
<今後の裁判の進め方をめぐる議論>
双方の主張の後、今後の進行について、議論が行われました。
まず、原告側は、「慰安婦」の実情が国際法上の「奴隷」または「性奴隷」の定義に該当しないとの被告側の主張に対して、次回の口頭弁論で反論する旨を述べました。一方、裁判官は、次回に被告本人訊問をしてはどうか、と提案しました。これに対して、原告代理人は次のように応答しました。裁判には順序があって、第一にお互いに主張を尽くす、その上で争点を明確にする、そうしてはじめて争点について証拠を調べて、どちらが正しいのかを決めるのである。まだ争点が明らかになっていないのに、本人訊問をするのは問題である。被告側が国際法上の「奴隷」または「性奴隷」の定義に「慰安婦」が該当しないと主張していることについて、原告側はまだ反論していないではないか、と。
一方、被告側からは、これ以上裁判に時間をかけるのは「衆議院議員の桜内の人権を侵害している」とか、「問題発言は2行ですよ」等の発言がありました。これに対して、原告側は、名誉を毀損され、大きな損害を受けているのは原告である、と批判しました。また、傍聴席の一部からは裁判を妨害する発言が相次ぎ、原告代理人が「勝手にしゃべらないでください」と注意しました。
法廷が騒然とする中で、裁判官は「今後の進行について合議します」と一時退室しました。再開後、裁判官は原告側の意見をいれて、まずは原告の考える主張・立証を尽くしてもらうことにすると述べました。こうして16時頃に閉廷しました。
2.報告集会
16時半過ぎから、日比谷図書文化館で報告集会が開催され、約80人が参加しました。
最初に、梁澄子共同代表が挨拶しました。朝日新聞による「慰安婦」問題の検証記事以降、「慰安婦」問題を否定する人々は勢いづいており、そうした雰囲気は、ヤジなどから今日の傍聴席でも感じられた、それだけにこの裁判の重要性はさらに高まったのではないか、と述べました。
次に弁護団から口頭弁論の報告がありました。大森弁護士は、被告側が追加の証拠として朝日新聞の記事を出したことについて、被告側は「吉田清治証言が撤回された以上、『慰安婦』問題はない」との主張をしたいようであると指摘。日本社会から『慰安婦』問題を葬り去ろうとする動きであり、断固として許すことはできないと話しました。穂積剛弁護士・渡邊春己弁護士は、名誉毀損事件の最高裁判例等に言及し、今後の裁判の見通しを述べました。緒方蘭弁護士は、自身が弁護団最年少であることを踏まえ、この重要な問題を若い世代が伝えていく責任があると述べた上で、「事実の力」をもって闘っていくことの重要性を訴えました。
続いて吉見氏から挨拶がありました。第一に、被告側は、「慰安婦」が「四つの要件」(前述)に該当しないことを熟知していながら、「慰安婦」を性奴隷であると吉見が書いたということを立証しなければならないが、全くできていないと指摘。「慰安婦」が「四つの要件」に該当することは、今回の原告準備書面で詳細に書いてあるが、きちんと読めば被告側は自分たちの主張が誤っていることが理解できると思う、と述べました。第二に、朝日新聞が吉田清治証言を虚偽であるとして取り消したことをもって、「慰安婦」問題全体がねつ造だということを、被告側はいいたいようであるが、吉見氏自身はこれまでの「慰安婦」問題に関する著作において吉田証言は一度もとりあげておらず、それを元に議論を展開していないと強調。河野談話でも吉田証言は一切採用せずに、重大な人権侵害、強制性があったことを認定していることをあげ、被告側の議論は全く破綻していると批判しました。
質疑応答を挟んで、吉田裕共同代表の挨拶がありました。吉田共同代表は、この裁判は、研究者と市民が一緒に運動しているところに特徴があると指摘。また、既存の研究成果でも十分に被告側を論破することは可能であるが、この機会に未調査史料を徹底的に調べ、研究を深化させたい、と述べました。こうして18時過ぎに報告集会は終了しました。
(一事務局員)
*次回口頭弁論は、2014年12月15日(月)です。詳細はこちら。引き続き、ご支援をお願いします。