東京高等裁判所第2回口頭弁論参加記
2016年9月6日15時より、東京高等裁判所101号法廷において、高裁第2回口頭弁論が開かれ、多くの傍聴人が詰めかけた。今回の口頭弁論で東京高裁での手続きはすべて完了し、結審となった。
●控訴人(吉見氏)側陳述
口頭弁論では、まず控訴人代理人大森典子弁護士による陳述が行われた。まず、大森弁護士は、今回の控訴審において、控訴人は大きく二つの柱に沿って主張を展開してきたことを確認した。一つは、地裁判決の誤りを指摘すること。そしてもう一つは、地裁判決の誤った言葉の理解を是正して、外国特派員協会での会見における桜内氏の発言そのものに即して法を適用すれば、当然に被控訴人(桜内氏)の発言は違法な権利侵害として控訴人の権利救済が認められるはずだ、ということの二点である。
以上の二つの柱から、地裁判決の誤りはすでに明らかであり、また桜内氏の発言を一般の人の普通の注意と見方を前提に理解すれば、その発言は研究者に対する究極の名誉毀損にあたると述べた。さらに、吉見氏が仮に捏造をしたというのであれば、被控訴人側はその真実性を立証する必要があるが、それが全くなされていないので、被控訴人の発言が名誉毀損にあたり、控訴人に対する被控訴人の損害賠償義務は当然認められるべきだとも主張した。
最後に、裁判のなかでも被控訴人が控訴人の名誉を毀損する発言を繰り返していることにより、控訴人は一貫して被害を受け続けている。そのため、裁判所はこのような発言が表現の自由のらち外にある、許されないものであることを明確に示すべきだと述べ、陳述を終えた。
●被控訴人(桜内氏)側陳述
次に、被控訴人代理人である荒木田修弁護士による陳述が行われた。荒木田弁護士はまず、控訴人側が期限を過ぎた段階で新たな準備書面を提出したことに対し反論した。その後、①「慰安婦」が性奴隷か否かは裁判所の評価の問題であること、②吉見氏が捏造をしたとするのであれば、その真実性の立証が全くなされていないという控訴人側からの批判に対する反論、③控訴人は被控訴人が主張を歪曲・すり替えをしていると批判しているが、「そのような意図を有したことは一切ないし、その必要もない」という三点について主張を展開した。そして、最後に荒木田弁護士は、「被控訴人の本件控訴は速やかに棄却されるべきである」と述べて陳述を終えた。控訴人側からの追及に対して、何も答えていないに等しい陳述であった。
●控訴人(吉見氏)本人による陳述
両代理人による陳述のあと、控訴人である吉見氏からも陳述がなされた。吉見氏はまず、『従軍慰安婦』(岩波書店、1995年)が捏造だと断定した桜内氏の発言は、研究者にとって致命的な名誉毀損になると述べた。その上で吉見氏は、これまで日本軍「慰安婦」制度は、軍性奴隷制度であったことを、文書・記録・証言などの史料に基づいて、厳密に実証するという姿勢を貫いてきたのであり、もちろん捏造など一切していないと強く主張した。
また、桜内氏の発言によって、吉見氏がいかに被害を受け、精神的に深く傷ついてきたのかが率直に述べられた。それにも関わらず、裁判のなかで被控訴人側は吉見氏が捏造をしたとする真実性を全く立証していないこと、さらにはなんら反省することなく、この裁判が「自由な言論を封殺する濫訴」、「SLAPP(Strategic Lawsuit
Against Public Participation)訴訟」などと歪曲を繰り返していることに対しても強い批判をおこなった。
最後に吉見氏は裁判所に対して、研究者にとって捏造したと言われることが当人の名誉と人格をどれだけ深く傷つけることになるか、ということをよく理解した上で、論理整合的で公正な判断を要望して陳述を終えた。
●被控訴人(桜内氏)本人による陳述
最後に桜内氏本人からも陳述が行われた。桜内氏は、まず、控訴人である吉見氏が意見陳述のなかで「私は約5万人以上の女性たちが軍のための性奴隷にされたとは述べていますが、「強制連行された20万人の性奴隷」とはどこにも述べていません」と証言したことに対して、「これは完全な嘘であり、更なる捏造である」と発言した。桜内氏は、控訴人側が提出した『従軍慰安婦』の英訳本の記述をもとにして批判しているようだが、全くの事実誤認といえる。
その後、原審および控訴審を振り返りながら三点について意見を述べた。一つめは、桜内自身が本人尋問の際に、吉見氏が捏造したとは考えていないという供述をしたと指摘する被控訴人側の主張は「曲解」であること。二つめは、控訴人は「研究者の名誉」をしきりに主張するが、「自らの仮説に都合の良い史料のみをつまみ食いしただけ」であり、「嘘と捏造を繰り返すような者は、断じて「研究者」の名に値しない」ということ。そして三つめは、被控訴人側の主張する「慰安婦=性奴隷」は、国際法上の奴隷要件に合致していないということをあらためて主張した。
最後に桜内氏は、「あまりに卑劣な控訴人の策謀に、私は、決して屈する訳にはいかない」と威勢のよい言葉を口にした。その上で、「控訴人のような想像もつかない人」が世の中にいるのだということが裁判のなかで分かり、「むしろ感謝申し上げる」とまで発言して陳述を終えた。
高裁第2回報告集会参加記
東京高裁での口頭弁論終了後、中央大学駿河台記念館670教室に場所を移して報告集会が行われた。報告集会では、共同代表の吉田裕による挨拶のあと、弁護団によって口頭弁論の内容が報告された。また、吉見氏本人からも口頭弁論での感想や今後の意気込みが語られた。
そして、今回の報告集会では、スペシャルゲストとして小野沢あかね氏をお招きし、「戦前日本政府は性奴隷制をどう否定して来たか」というテーマのもと、報告をしていただいた。小野沢氏は、「「慰安婦」は売春婦(公娼)であり性奴隷ではない」という桜内側の発言に対する反論を述べた意見書(YOSHIMI裁判いっしょにアクション!『日本軍「慰安婦」制度はなぜ性奴隷制と言えるのか PartⅢ』2015年10月に収録)を東京地裁に提出されており、今回の報告もその意見書の内容を中心としたものであった。それに加えて、吉見裁判地裁判決において性奴隷制の議論に踏み込まない裁判所、あるいは「日韓合意」において性奴隷制という言葉を消し去ろうとしている日本政府への批判も意図していた。小野沢氏の報告は、性奴隷制を認めたがらない日本政府・日本社会の今日の在り方を考えるために、近年の新しい研究成果からも補強しつつ、戦前日本政府による性奴隷制隠蔽の歴史をあらためて検討するという充実したものであった。
最後に、報告で紹介してきた戦前日本政府による性奴隷制隠蔽の歴史から、いまを生きる私たちがどういう教訓を得られるのかについて三点述べられた。一つは、性奴隷制の存在の隠蔽は、将来に禍根を残すということ。二つめは、女性たちの「自由意思」を強調して、背後の権力関係(親に売られている、前借金によって人身拘束されているなど)を隠蔽した戦前日本政府のやり方は、現在の日本政府にも通ずること。三つめは、そうした性奴隷制に関する認識を深化・拡張していくことの重要性と、その上で吉見裁判が持つ意義について述べられ報告を終えた。
小野沢氏による報告のあと、「慰安婦」問題に取り組む各団体からアピールが行われた。最後に共同代表の梁澄子による挨拶と、司会から高裁判決に向けてさらなる協力を支援者に求める言葉が述べられ、閉会となった。(事務局)