吉見裁判第8回口頭弁論
参加記
2015年7月13日(月)、東京地方裁判所103号法廷において、第8回口頭弁論が開かれた。今回は、被告側証人の秦郁彦氏と原告本人の吉見さんの尋問が行われた。結審目前の尋問ということもあってか、猛暑のなか100枚の傍聴券を求めて約200人が抽選に臨んだ。また、開廷前にはマスコミの撮影も入るなど、地裁での大詰めを迎えつつある吉見裁判に対して、社会的な関心が高まっているように思う。
書面・書証類の確認の後、両人の宣誓を経て、まず秦氏の証人尋問が行われた。
―秦郁彦氏証人尋問―
<被告側主尋問>
主尋問では、秦氏の研究歴や「慰安婦」問題との関わり、吉見さんとの関係、吉田清治氏の著作に対する私見などが確認されたのち、2013年6月に放送された吉見さんとのTBSラジオ対論が引き合いに出され、秦氏の「慰安婦」問題に対する認識が証言された。
秦氏は「慰安婦」問題の本質として次のふたつを挙げた。①官憲による組織的な強制連行はなかった。犯罪や命令違反によって強制連行のような形になったものはあくまで例外。②「慰安婦」たちが慰安所で働いている時の生活条件は性奴隷と呼べるほど過酷なものではなかった。②に関連して、そうした女性たちを性奴隷と呼ぶことは、それをひとつの職業と割り切って働いていた女性に対する人格的侮辱になるとも述べた。さらに秦氏は、吉見さんが提示する性奴隷制の「4つの要件」(「居住の自由」、「外出の自由」、「接客拒否の自由」、「廃業の自由」の欠如)について、「慰安婦」には居住以外の自由が認められており、「高収入」も得ていたと主張、「慰安婦」を性奴隷と呼ぶことは実態に合わないことを誇張・歪曲した「ねつ造」であると述べた。
加えて秦氏は、自身の最近の文章(「3点セット―韓国の慰安婦事情1945~2015」『正論』524号、2015年8月号)を挙げて、韓国には朝鮮戦争・ベトナム戦争から最近に至るまで日本軍と同じような「慰安婦」が存在しており、その期間も規模も日本軍より大きいと述べる。こうした他国との比較作業が歴史家の任務であるとまで言うが、その言が日本軍「慰安婦」制度を相対化する方便でないことを切に願うばかりである。
続いて秦氏は、自身の著作などに対する批判について弁明したのち、1943年の文玉珠さんの事例を挙げて「慰安婦」が「高収入」であったことを最後に重ねて強調した。
<原告側反対尋問>
反対尋問では、まず秦氏の奴隷制認識が問われた。原告側は奴隷制条約(1926年)を挙げて、奴隷=単純な所有権の対象とは定義されていないことを指摘したが、秦氏は、奴隷=所有権の対象であり、「慰安婦」は軍の財産として登録されていないので奴隷とは言えないと述べた。この理解が現在の国際法の水準に達していないことは前回の口頭弁論の内容を見れば明らかである。秦氏は「高収入」を理由に「慰安婦」は奴隷ではないとするが、これも同様に国際法理解の水準に達していない。
さらに原告側は、秦氏も「証拠能力」を認める米軍の捕虜尋問調書などの資料に基づいて、「4つの自由」(前出)それぞれについて秦氏の認識を問い質していった。秦氏は、原告側が提示する慰安所規則の条文や「慰安婦」の置かれた実態それ自体については、概ね事実として受け入れた。だが秦氏は、軍隊や戦場という条件を強調したり、「慰安婦」の証言の信憑性に疑問を呈したりして、あくまで「慰安婦」には自由があったと主張した。例えば、泥酔した兵や暴行を働く兵の慰安所利用を制限した規則はあくまで軍の慰安所運営上の論理なのだが(つまり「慰安婦」が自由に拒否できたわけではない)、秦氏はこれを「慰安婦」に「接客拒否の自由」を認めたものと見る。また、外出についても、許可制を定めた規則を、現代日本の職場も同様であるとして、自由を認めたものとみなす。むしろそれが慰安所外の危険(ジャングルの虎やゲリラなど)から「慰安婦」たちを守ることになったとも述べた。廃業についても、秦氏は借金の返済が大前提であることを認めながら(つまり借金を返済しない限り自由に廃業できない)、返済後に廃業できるならそこに「廃業の自由」が認められていると強弁する。このように、秦氏は原告側の提示する「慰安婦」の実態を、ことごとく「慰安婦」の自由を認めたものと読み替えた。だが、それぞれの自由を明確に認めた慰安所規則などを具体的に例示したわけではない。
最後に原告側は、秦氏が自著(『慰安婦と戦場の性』)のなかで、公娼制度を「『前借金の名の下に人身売買、奴隷制度、外出の自由、廃業の自由すらない二〇世紀最大の人道問題』〔廓清会請願書の引用〕にちがいなかった」と評価して、その延長に「慰安婦」制度を位置付けていることを指摘した。これに従えば、秦氏は「慰安婦」制度も「奴隷制度」と捉えているはずだが、不可解なことに、秦氏は請願書を引用はしたがそれに同意したわけではないと述べて、自著の論理展開を否定した。
―原告本人(吉見さん)尋問―
<原告側主尋問>
主尋問では、まず吉見さんの研究歴、著作・論文、「慰安婦」問題との関わり、被告発言に接してから提訴に至るまでの経緯などが確認された。吉見さんは、「ねつ造」という文言は歴史家に対する最大の侮蔑的な発言であり、その発言が記者会見という場で衆議院議員によってなされたことによって深く傷ついたと述べ、それが紛れもなく名誉毀損にあたることを改めて証言した。
次いで資料に基づいて、慰安所は軍が作った軍の施設であることが確認され、そこに入れられた「慰安婦」たちは「4つの自由」(前出)が剥奪された無権利状態に置かれて、性の相手を強制される性奴隷状態にあったことが具体的に明らかにされていった。その内容をまとめておこう。
居住は特定の建物に制限されていた。「慰安婦」には、戦地に赴いて軍人の性の相手をしなければならないという如何なる法的義務もなく、憲法上の兵役の義務に拘束される兵士や、法律によって拘束される従軍看護婦、慰安所外に居住できた業者や営外居住が認められていた職業軍人などと同列に論じることはできない。逃亡防止のため外出は許可制であった。現代のサラリーマンは、勤務時間外や休日には自由に外出できるので、それと同一視はできない。接客は、憲兵がいる場合には泥酔した兵・暴行する兵を拒否できたが、憲兵がいなければ拒否できず、また、泥酔していない軍人や暴力を振るわない軍人はいかなる場合も拒否できなかった。廃業には軍の許可や経営者の同意が必要で、かつ前借金の完済や契約期間の満了が大前提だった。
また、秦氏が言う「高収入」についても、報酬を受け取っていない女性が多かったこと、業者による搾取があったこと、現地のハイパー・インフレによって軍票の価値が低下していたこと、送金や引出に関する諸制限が設けられていたことを挙げ、「慰安婦」たちは総じて生活困難であったと指摘した。
そのうえで吉見さんは、「慰安婦」=軍の性奴隷という見解はこのような実証的研究から得られた結論であって、決して「ねつ造」ではないと証言した。そして最後に、政治家が学問領域に介入して根拠もなく研究を「ねつ造」だと言うことが、学問の自由に対する侵害につながる危険性を裁判所に訴えた(吉見さんの主張の詳細はYOいっション発行『日本軍「慰安婦」制度はなぜ性奴隷制度と言えるのかPartⅡ』を参照されたい)。
<被告側反対尋問>
反対尋問では、まず記者会見とそこでの被告発言に対する吉見さんの認識について質問がなされた。また、会見時の通訳が「ねつ造」を“incorrect”(不正確)と訳したことから、被告発言は名誉毀損とまで言えないのではという質問もあった。被告側は、「これ」が吉見さんの著作ではなく「慰安婦」=性奴隷ということを指すという(被告の主張の)方向に吉見さんを誘導し、裁判の争点を「ねつ造」や名誉毀損の論証から「慰安婦」=性奴隷をめぐる学説論争にすり替えようとしていたようだが、吉見さんは裁判の争点はあくまで「ねつ造」発言による名誉毀損であると反論した。
次いで前回同様、桜内被告本人が尋問に立った。被告は、吉見さんの「4つの要件」について、4つすべてを満たした時に性奴隷と言えるのか、それともひとつでも該当すればそうかと質問した。吉見さんは、基本的な自由が剥奪されていることが奴隷制の重要な指標であり、その意味で接客拒否と廃業の自由の剥奪がより本質的な要件だと応答したが、被告はそれを不明確な基準だと攻撃した。さらに「高収入」や「自由意思」就業(と被告がみなしたところ)の事例を挙げつらい、これらは4要件を満たしていないので性奴隷とは言えないと主張した。
もはや質問ではないが、こう攻撃することで、被告は「4つの要件」を満たさない例外を吹聴して吉見さんの主張を揺さぶり、性奴隷制の4要件を解釈あるいは学説という次元の問題にすり替えようとしていたようである。対する吉見さんは、4要件は国際法上の奴隷制の定義にも合致しており(この点は前回の口頭弁論で阿部浩己さんが証言した)、ゆえに「慰安婦」制度はシステムとして紛れもなく性奴隷制であり、(仮に部分的に当てはまらない例外があっても)そこに組み込まれた女性は総じて性奴隷状態に置かれたと言える、と論破した。
被告側の尋問は全体として準備不足の感が否めず、場当たり的に質問を繰り出している印象を受けた。「『これは既にねつ造』というわずか数文字を捉えてこのような大訴訟を起こすことは、大人気ないことだと思いませんか?」という、もはや質問とは呼べない暴言が出るあたりに、それがうかがえよう。
(一事務局員)
第8回報告集会参加記
弁論後、中央大学駿河台記念館に場所を移し、18時過ぎから報告集会が開催された。
今回はゲストとして北原みのりさんをお招きし、吉見さん、YOいっション共同代表の吉田裕を交えてセッションが企画された。セッションでは、当日の裁判の内容、秦氏の論調の傾向や矛盾点、今後の裁判の見通しなどが話題となった。なかでも印象深かったのは、北原さんが、「慰安婦」を性奴隷と呼ぶことは働いていた女性に対する人格的侮辱だという秦氏の見解を取り上げたことであった。北原さんが指摘したように、一見すると個人の主体や人格を尊重するような、ともすると社会にもすんなりと受け入れられやすい主張である。だが同時に、そうした「わかりやすい」装いのもとに、過去の歴史を美化・修正する危険性を孕んだ言説でもあると思う。
縷々述べたように、本裁判の争点はあくまで「ねつ造」発言による名誉毀損如何である。「慰安婦」制度が性奴隷制か否かをめぐって双方の主張が真っ向から対決した今回の弁論を通じて、吉見さんが「ねつ造」などしていないことがより明確になったと言えるだろう。
次回弁論は10月5日午後3時から東京地裁で開かれる。地裁での結審・判決は間近だが、弁護団が指摘するように、被告側の姿勢に鑑みて裁判自体今後も続く可能性が高い。それ以上に、「慰安婦」問題に対する日本社会の歴史認識を問い直していくという課題に終わりはない。今後とも一層のご支援・ご理解をお願いしたい。
(一事務局員)